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大阪地方裁判所 昭和44年(ワ)5737号 判決

原告 速水道男

被告 堀内木工株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、「被告は別紙(イ)号図面およびその説明書記載の仏檀を製造、販売してはならない。被告は原告に対し金、五、一九三、六〇〇円およびこれに対する昭和四四年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二請求の原因

一、原告はつぎの登録実用新案(以下、本件実用新案という)の実用新案権者である。

登録番号  第七八七、八二二号

考案の名称 透明金色版金仏檀

出願日   昭和三七年七月一〇日

公告日   昭和四〇年六月一四日(昭四〇―一六四四五)

登録日   昭和四〇年一二月六日

登録請求の範囲 「薄い平面にして無色透明のプラスチツク板をもつてなる台数1の裏側平面2に無色透明の箔押しニス3を塗布し、その上層面4に金箔洋箔を架載しはり合わし、更にその上層面6に塗料7を塗装被覆してなる金色版Aを素材薄鋼板その他適宜材をもつて箱形Bに形成してなる主体B内むこう板9、または左右両側壁板10、11または左右のとびらC1、C2の裏板121、122などの平面金色施工面に適宜装着し飾前ランマD、飾幕板F、飾棚E、下段飾棚G、引き出しH、などを装着し、とびらを蝶番Iしてなる透明金色版金仏檀の構造。」(別紙参考図面参照)

二、本件実用新案の構成要件は右登録請求の範囲に記載されたとおりであり、その奏する作用効果は、安価な金色洋箔を使用するにもかかわらず従来一般に使用されていた高価な純金を使用した漆塗り純金箔押し金仏檀とほとんど同位の光彩を得られ、その金色原色の退化、鈍化がなく、触手等による汚染も金箔の脱落のおそれなく払拭でき、ガラス板を使用した場合の如く運搬中に破損するおそれがない、という点にある。

三、被告は仏檀その他木工品の製造販売を業とする会社であるが、昭和四一年春頃から別紙(イ)号図面およびその説明書に記載の仏檀(以下(イ)号物件という)を製造販売している。(イ)号物件はその構成において本件実用新案の前記構成要件をすべて充足し、かつその作用効果も右実用新案のそれと同一である。

もつとも、本件実用新案においては、金色洋箔をそのまま使用するため、これを接着固定とする必要上、プラスチツク台板1を裏面平面2に箔押しニス3を塗布し、その上層面4に金色洋箔を架橋してはり合わせる構成をとつているが、(イ)号物件においては、既に金色洋箔の表面に変色等防止のためにニスを塗布し(裏面は固定化のために紙に接着剤ではりつけ)た金色版(金紙)を使用し、プラスチツク板と金色洋箔とがニスで接着されていない。しかし、金色洋箔表面にニスが塗布され、かつその金色洋箔の表面をプラスチツク板で覆つてこれを保護する構造をとりさえすれば、その結果第二項記載のとおりの作用効果が生じるのであるから、プラスチツク板と金色洋箔とがニスで接着されるということは必須の構成要件ではないと考えるべきであり、(イ)号物件実用新案の構成要件をすべて充足すると解すべきである。

四、従つて、(イ)号物件は本件実用新案の権利範囲に属し、被告のなす(イ)号物件の製造販売行為は原告の有する本件実用新案権に対する侵害を構成する。

五、被告が昭和四一年春から本訴提起に至るまでの間に(イ)号物件を製造販売した総金額は一億三八七万二、〇〇〇円に達し、本件実用新案の実施に対して通常受けるべき実施料は売上額の百分の五をもつて相当とするから、原告は被告の右侵害行為により、右期間内において、五一九万三、六〇〇円の損害を被つたこととなる。

六、よつて、原告は被告に対し本件実用新案権の侵害停止ならびに原告が被つた損害金五一九万三、六〇〇円およびこれに対し、本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年五月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三被告の答弁

一、請求原因一の事実中本件実用新案の登録がある点は認める。

二、請求原因二の事実中、本件実用新案の構成要件が登録請求の範囲に記載されたとおりである点は認める。

本件実用新案の考案は、明細書の記載、その図面および特に登録請求の範囲の記載に徴して考えると、つぎの構成要件を具備した仏檀の構造である(別紙参考図面参照)。

(1)  薄い平面にして無色透明のプラスチツク板をもつてなる台板1と、

(2)  台板1の裏面平面2に無色透明の箔押しニス3を塗布し、その箔押しニス3の上層面4に金色洋箔5を架載してはり合わし、更にその上層面6に塗料7を塗装被覆して金色版Aを形成し、

(3)  素材薄鋼板その他の適宜材をもつて箱形に形成してなる主体B(すなわち仏檀本体)を形成し、

(4)  金色版Aを主体B内のむこう板9、または左右両側壁板10、11または左右のとびらC1C2の裏板121122などの平面金色施工面に適宜装着し、

(5)  飾前ランマD、飾幕板F、飾棚E、下段飾棚G、引き出しHなどを装着し、とびらを蝶番1してなるもの。

請求原因二の事実中、本件実用新案の金色版Aが安価な金色洋箔を使用するにもかからず従来一般に使用されていた高価な純金を使用した漆塗り純金箔押し金仏檀とほとんど同位の光彩を得られる旨の原告主張実事は争う。

本件実用新案の作用効果は、つぎの点に存する。

(1)  前記構成要件(1)(2)から明らかなように、金色洋箔5が箔押しニス3によつてプラスチツク板1に固着し、金色洋箔5の裏面に塗料7を塗り、右1、3、5、7が一体となつているため、〈1〉洋箔5はニス3と塗料7に密封され空気に触れることがないから、洋箔5の酸化変色を防止する効果を奏し、〈2〉洋箔5の表面はニス3とプラスチツク板1とによつて覆われているから汚染、損傷を防止し、板1上の汚染が容易に払拭できる効果を有し、〈3〉プラスチツク板1を台板としているからガラスを台板としている金色版より破壊のおそれが少なく運搬に便利との効果を有し、

(2)  前記構成要件(3)に示すように主体Bの素材が薄鋼板であるから、金型とプレスを用いて同形の主体Bを量産することを可能とし、かつ在来の木製に比し堅牢であるとの効果を有する。

三、請求原因三の事実中、被告が木製仏檀の製造販売業を営む会社である点は認める。被告が製造販売している仏檀の構造に関する原告主張事実中、金色洋箔(2)の裏面にニス(3)を塗布加工している点は否認するが、その余の(イ)号記載事実は認める。

なお、被告が製造販売している仏檀の構造は詳しく説明すると、別紙(い)号図面およびその説明書のとおりであつて、つぎの構成からなる。

(1)  無色透明のプラスチツク板を主体の三壁面に着脱自在となしうる構造の胴かまちと横桟とを設け、

(2)  剛性のある紙に接着剤を用いて金色洋箔紙(既製品)5を、胴かまちと横桟とその両者で挾圧保持されているベニヤ板壁とで箱形に形成してなる木製の主体中の、ベニヤ板壁に棚を用いて接着し、

(3)  飾前ランマ、飾幕板、飾棚、下段飾棚、引き出しを装着し、とびらを蝶着した

構造の仏檀である。

被告製品に使用されるプラスチツク板は金色洋箔の表面の汚染、損傷を防止する効果を奏するが、他面、プラスチツク板は無色透明とはいつても光の吸収は避けられず金色洋箔の光沢を減殺する欠陥があるため、プラスチツク板を使用するか否かは顧客の好みに任せられ、顧客において自由に装着したり外したりすることができる構造となつており、したがつて被告製品においてはプラスチツク板は附属品として添付されることがあるのみで、仏檀の構造の一部をなすものではない。またプラスチツク板は金色洋箔の酸化を防止する作用効果を有しない。

被告製品の構造は右のとおりであり、本件実用新案の考案とは、飾前ランマ、飾幕板、飾棚、下段飾棚、引き出しなどを装着し、とびらを蝶着してあるとの点を共通にするのみで、その余の本件考案にかかる点は著しく異なつているから、被告製品は本件実用新案の権利範囲に属さない。

四、請求要因四の事実は否認する。

五、請求原因五の事実は争う。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一、本件実用新案につき原告主張のとおりの登録がなされており、登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは当事者間に争いなく、右の事実ならびに成立に争いのない甲第一号証によれば、他に特別の事情が認められない本件において原告がその実用新案権者である事実が認められる。

二、被告が仏檀左右両内側壁板に装置すべき金色洋箔の表面に「ニスを塗布している」との点を除き原告主張の別紙(イ)号構造の仏檀を製造しこれを販売していることは当事者間に争いがない。

(イ)号においてその金色洋箔の表面に果してニスが塗布してあるものかどうかの点は暫く措き、各洋箔がプラスチツク板にニスで接着されておらず、単に重ねて接触しているに過ぎないものであることは原告も自認するところであるが、原告は右の構成も登録請求の範囲に記載する「薄い平面にして無色透明のプラスチツク板をもつてなる台板1の裏面平面2に無色透明の箔押しニス3を塗布し、その上層面4に金色洋箔を架載してはり合わし」との構成要件に該当するものであると主張する。

そこで、各登録請求の範囲の記載の趣旨について検討する。

(一)  実用新案登録請求の範囲に、金色版Aの構成について、つぎのとおりの記載があることは当事者間に争いがない。

「薄い平面にして無色透明のプラスチツク板をもつてなる台板1の裏面平面2に無色透明の箔押しニス3を塗布し、その上層面4に金箔洋箔を架載してはり合わし、更にその上層面6に塗料7を塗装被覆してなる金色板Aを……適宜装着し……」

(二)  成立に争いのない甲第一号証(本件実用新案公報)によれば、考案の詳細な説明の項につぎのような記載があることが認められる。

(1)「本案は上述の如く平面にして無色透明のプラスチツク板または透明のゼラチン板その他適宜化学材をもつてなる台板裏側平面2に無色透明の箔押しニス3を塗布し、その上層面4に金色洋箔5を架載しはり合わし更にその上層面6に塗料7を塗装被覆し、もつて空気による金箔洋箔の酸化変色を防止し得る金色版Aを形成し該台版1の裏側裏面2より台版の材質たる無色透明体を通して金色原色に近い優美なる光たく光彩をそのまま金色版Aたる台版表側表面8に透視表現し得したがつてざいらいの金仏檀……とほとんど同位の光彩効果を保持し得」

(2)「しかもざいらいのニス引き、または合成樹脂材を金箔施工表面上層に塗布し、もつてさびどめ加工となしあるものの如き金箔の金色原色の著しい退化、光たくの鈍化などの嫌悪……などの欠点を除去し得」

(三)  本件実用新案の考案者である原告本人の供述によると、つぎの事実が認められる。

(1)金色洋箔の酸化を防止するために金色洋箔の表面にニスを塗布する方法は、本件実用新案出願当時既に公知の技術であつた事実。

(2)本件実用新案出願当時既にプラスチツク板がガラスに代るものとして広く使用されていた事実。

(3)金色洋箔の酸化防止という点では、洋箔の上に単にニスを塗布したものよりも、プラスチツクにニスで洋箔をはり合せたものの方が効果が優れている事実。

(4)通常市販されている金紙(金色洋箔を紙にはりつけて固定したもの)は酸化防止のためすべて表面にニスが塗布されている事実。

以上認定の登録請求の範囲の記載、本件実用新案の作用効果に関する考案の詳細な説明の記載および本件実用新案出願当時の金色洋箔の酸化防止に関する一般の技術水準を総合して考えると、本件実用新案の前記登録請求の範囲の記載の趣旨は、薄い平面にして無色透明のプラスチツク板の裏側平面に無色透明の箔押しニスを塗布し、その上層面に金箔洋箔を架載してはり合わせて各ニスによつて接着させることを意味し、既に乾燥したニス塗の金紙(金色洋箔を紙にはりつけ固定したもの)の上に無色透明の薄いプラスチツク平板を重ね合せただけで接着せず、右平板を介し金色を透視させたに過ぎないものは含まないと解すべきである。

原告は右の点について、(イ)号物件に使用されている金色洋箔の表面にはニスが塗布され、かつその表面をプラスチツク板で覆つてこれを保護する構造をとつており、その結果本件実用新案の所期する作用効果を生ぜしめているから、金色洋箔とプラスチツク板がニスで接着されていなくても、本件実用新案の権利範囲に属する旨主張するが、既に認定したとおり、本件実用新案出願当時既に酸化防止のため金色洋箔の表面にニスを塗布する技術が公知であり、考案者たる原告もこのことを十分認識し、この従来の公知技術の方法による金色版に比し、プラスチツク板に金色洋箔をはり合わせた金色版の方が優れた作用効果を生ぜしめる旨を考案の詳細な説明中に明記している事実に加えて、プラスチツク板と金色洋箔とが空気を排除してニスで接着されている場合と、ニスで接着することなく或る程度空気が介在して重ね合わされている場合とでは、本件実用新案の所期する効果の一つである金色洋箔の表面の汚染、損傷防止の効果には差異がないとしても、その余の効果とされている金色洋箔の酸化(金色の退化、光たくの鈍化)防止の効果においても、また無色透明のプラスチツク板を通しての光たく、光彩の効果において差異が存することが明らかであるから、原告の右主張はとうてい採用できない。

三、そうすると、本件実用新案の考案の右必須要件を欠く(イ)号物件を被告が製造販売する行為はなんら本件実用新案権を侵害するものではないから、侵害することを前提とする原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大江健次郎 近藤浩武 庵前重和)

(別紙)

参考図面

第一図

第二図

第三図

(イ) 号図面の説明書

(イ)号図面は被告の製造販売にかかる金色版金仏檀であつて第一図は同仏檀の金色色形正面図、第二図は同仏檀の箱体における左右両側壁版(A)の構造を表わす拡大横断面図である。

すなわち、第一図に示す左右両内側壁板(A)、(A)は、第二図に示す如く、金色洋箔(2)の裏面を接着剤(3)で紙(4)にはりつけ、表面にはニス(3)を塗布加工した金色版(金紙)を無色透明のプラスチツク板(1)と素材(5)との間にはさみ込んだ構造を有しているもので、その他図中(6)は飾兼欄間は(7)飾棚、(8)は飾幕板、(9)は引出しを示す。

イ号図面

第一図

第二図

(い)号図面の説明書

別紙(い)号図面は仏檀主体の右側壁部の斜図である。胴かまちにはL型に切り欠いた溝11が設けられ、胴かまちの適当な間隔をおいた左右二か所宛の相対峙する位置に箱型の凹み12を穿設し、横桟の両端が楔状になつていて右凹みに入る大きさとなつている。

無色透明プラスチツク板を装着する場合は、プラスチツク板をL型溝に遊嵌し、ついでその裏面に、金色洋箔紙を糊着してあるベニヤ板を遊嵌して洋箔紙のある面(表面)をプラスチツク板の裏面に重ね合わせ、ベニヤ板の裏面に横桟を当てがい胴がまちの凹みに、その両端を差し込み、楔状の勾配によつてベニヤ板とプラスチツク板とがL型溝の当り面と横桟の一面との間に挾圧保持され箱形の主体と三壁面部を構成する。したがつて、横桟を外せばベニヤ板壁とプラスチツク板も外すことができる。そして、金色洋箔紙を糊着したベニヤ板のみを遊嵌して横桟で挾圧保持すれば、金色洋箔直接の光沢を放つ仏檀が構成され、純金箔紙を糊着したベニヤ板を遊嵌して横桟で挾圧保持すれば純金箔の光沢で輝く仏檀が構成される。

(い)号図面

被告製品「仏壇」の一部(斜視図)

右図における符号個所の説明

(符号)(名称)(説明)

1′・・・透明プラスチツク板

5′・・・金箔紙

9・・・胴框(どうかまち)

10・・・横桟(よこさん)

11・・・L字形の切欠部(胴框に設けてある)

12・・・凹溝(横桟の先端の嵌挿用)

13・・・下部の凹溝(嵌装部材の下部嵌込用)

(B)′・・・ベニヤ板(金箔紙の裏面に貼合わせた)

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